鵜舟の篝火に揺れる幻の宴 第五章

鵜飼ウエディングと人事

スキーブームが拡がる中、コマザワボウ労組大阪支部初のスキーバスツアーを招き入れた白銀の世界は信州乗鞍温泉スキー場であった。
当初は参加する積りもなかった修次郎であったが、以外にもツアーが不人気で参加者が少なく、
「シュウちゃん頼むわ」
今回は人数合わせと参加者集めも兼ねた世話役として声が掛かったのである。
正直なところ、スキーよりも温泉目当であったのであるが、大勢の仲間と雪に塗れながら雪上ゲームを楽しむ等して、上達を妨げる最大の敵とされるゲレンデ斜面への恐怖心も薄らげる事も出来、以後、徐々に嵌ってゆく切っ掛けとなったのである。

帰りのバスの中で、偶々隣に座った田谷野裕子から発せられた、
「一度相談に乗って欲しい事があるんですけど」
この一言から修次郎の人生を変えることとなる大事件に発展するとは考えも及ばなかった。
裕子とは軟式テニス同好会で一緒に活動しており、コマザワリーグへも混合ダブルスのペアで出場した間柄であったが、二人きりでは喫茶店に入ったことすら無かった。
又、この時、彼女が社内の先輩社員と付き合っているという噂も聞いていたが、その先輩は前年秋の人事異動で東京に転勤になっていた。

そこで数日後、二人で鍋料理を囲みながら話しを聞く場がセッティングされたのだが、相談事とはその彼との関係であった。
彼女の話しでは、軽いお友達としての付き合いだったのに東京と大阪に離れると、彼の想いがドンドンとエスカレートし、遂にプロポーズされてしまったというのである。
彼女には全くその気がなく、どうしたものかと悩んでいるという。
一通りの経過説明を受けたものの、修次郎には的確なアドバイスを送ることは出来なかった。

しかしながら、真由子の件が軽いトラウマになっていた修次郎は、その後も何度か付き合わされていたのだが、そんなある晩の事である。
「好きな人が出来たって、ハッキリ断りました」
修次郎の目を見詰めながら発せられた裕子の一言が彼の心を射貫いた。
また、彼が髪の長い女性が好みであることをポロリ漏らすと、
「じゃ、今夜から髪を括って、机の脚に縛って寝るね」
髪をかき上げ束ねる仕草が純な修次郎のハートを鷲掴みにしたのである。


夏を迎えると、
「長良川の鵜飼が観たいわ」
彼女に誘われるままに、故郷岐阜行きの一泊二日の旅行が計画されたのであるが、二人きりという訳には行かず、彼女の同僚岡山美玖を誘っての三人旅となった。

大阪駅発の在来線ディーゼル急行高山号に乗り、一路岐阜に向かった。
岐阜駅の手前大垣駅に着くと、駅裏を占有する様に拡がるコマザワボウ大垣工場の大きさ驚いた二人は、
「我が社って、こんな大きな会社だったんですね」
普段ビルの一角で職務に励む二人が始めて、自分たちが勤務する会社が大きなことを実感した瞬間であった。
事実、大垣工場はコマザワボウ最大規模を誇る業界でも屈指の巨大工場であった。
修次郎も後に担当となり度々訪れる事となるのであるが、場内を移動する時は自転車を利用するのが常であった。

まずは金華山麓の岐阜公園内を散策し、頂上までロープウエイで昇り、岐阜城の天守閣から360度広がる濃尾平野を見渡すと、その絶景に二人はすっかり感動したようである。
その後は早めに宿で体を休める事とした。
三姉紘子が県庁に勤務しており、その関係で宿泊できる県の施設を手配してくれたが、勿論、二部屋用意されていた。
夕食後はお楽しみの鵜飼見物である。
残念ながら観覧船に乗ることは出来ず、川岸から観ることとなったんのであるが、この方が全体が見渡せて風情があると修次郎は思っていた。

川原に降りて三人並んで腰を下し、漆黒の闇の中、篝火に照らし出された幻想的なショーを楽しんでいると、
「あの船の上で結婚式ってできるのかしら、ウエディングドレス着たら素敵でしょうね」
突拍子もない事を裕子が呟いた。
実はこの時、修次郎の頭の中では徳之助と二人で芸者遊びが繰り広げられていたのである。
「ねえ、聞いてるの」
裕子に念を押され、
「ああ、素敵だろうね、でも、そんな話しは聞いたことがないなあ」
慌てて艶やかな芸者姿を裕子のウエディングドレス姿に変身させようと試みるのであったが、少々無理があった。
「そうなの、でも素敵だろうなぁ」
一人楽しそうに鵜飼船に観入る健気な姿が篝火の中で揺れていた。

幽玄な鵜飼の世界に官能を刺激されたのか、この夜の裕子は妙に積極的で何かにつけて修次郎に甘えてくるのである。
美玖の目線を気にしながらも、それに応える事で彼も刺激を味わっていた。

やがて、宿の戻り鵜飼の感動を語り合いながら夜が更けてゆき、二つに部屋に別れて眠ることとなったのであるが、中々寝付けないままウトウトしていると、枕を抱えて裕子が偲んできた。
期待半分不安半分で、その様な状況を予想していたものの、いざとなると緊張する修次郎であった。

「抱いて・・・」
裕子の甘い囁きで彼のスイッチがONになり、優しく抱き締めながら背中に回された彼の手が起用にホックを外すと、
「慣れているのね」
彼女が甘く囁いた。
指先の不器用な修次郎であったが、学生時代に下宿の先輩から、
「将来の、いざという時の為に」
と言われ、重ねた特訓が役に立つ時が訪れたのである。
「妬いているのか」
修次郎が意地悪く囁き掛けると、
「ううん、優しくしてね」
一段と甘い囁きが返ってきた。

やがて裕子の胸のふくらみが露わになると、
「小さくて、ごめんね」
すまなさそうな彼女の眼差しが修次郎に注がれる。
どうやら、彼女は日頃から己の薄い胸に劣等感を抱いていた様である。
修次郎から見れば、胸のふくらみの貧しさを補って尚余りある魅力を彼女は持ち合わせていたのであるが、乙女心とは少々複雑で繊細なものであると思った。

「大きくして・・・」
彼の愛撫を受けながら嬉しそうに囁いた。
どうやら、
「女性の胸は愛する男の手で大きくなる」
という同期天宮の軽口を彼女は信じ込んでいた様であるが、これはこれで彼なりの二人に対する心遣いであったとを修次郎は十分に理解していた。
又、実際、彼の愛妻順美が豊かであったことは猶更ながらの説得力となったのであろうが、後々、修次郎にもプレッシャーを与えることになったのである。

やがて、彼女の下腹部を覆うシルクの布に修次郎の指が掛かると彼女の腰が微かに浮いた。
しかし、ここで彼は動きを止めた、いやスイッチがOFFになってしまったと言うのが正解かもしれない。
暫くの沈黙が続いたが、やがて修次郎の心中を察したのか、彼女は夜具から抜け出して乱れた姿を整えると、
「お休み」
と言い残して消えていった。
その寂し気な後ろ姿に向かって、
「ごめん」
自責の念を込めながら、修次郎は心の中で呟く事しか出来なかった。


その後も順調に愛を育む二人であったが、件の元彼が実家の稼業を次ぐ為に退社したことで事態が一変したのである。
これが裕子に振られたのが原因だとの噂が拡がったのである。
人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、この噂は徐々に大阪本社内に拡がっていき、人事課長荒川秀延の耳にまで入いるという事態に陥っていた。

荒川は寡黙で素朴な男であったが、酒が入ると自称ヤクザに変身した。
東海林太郎の「花笠道中」が十八番であり、
「亭主もつなら 堅気をお持ち とかくヤクザは・・・」
酔うと必ず口ずさむのが常であった。
彼が争議当時、組合側であったか会社側であったかの情報は得ていなかったが、修次郎は会社側であったと思っていた。
何故なら、義理と人情の自称ヤクザな男に労働組合は似合わないと思えたからである。

彼にはもう一つ忘れられないエピソードがあった。
ハイセイコー人気で第一次競馬ブームが沸騰していた年末の有馬記念レース翌日のことである。
「特券で取ったからな」
朝一番に耳元で囁かれ、修次郎が驚いて思わず振り返えると人懐っこい荒川の笑顔があった。
ハイセイコー号とタニノチカラ号の二強馬の前評判が高く、「嫁さんを質に入れてでも買え」と俗に云われる程に硬いレースだと予想されていたのであったが、いざゲートが開いてみると断然人気の2頭が互いに牽制しあう中、先行した人気薄の2枠ニットウチドリ号と8枠ストロングエイト号がそのままゴールし、所謂万馬券となったのである。
レース後には、「ニットウの2とストロングエイトの8が暗示していた」なんて見徳買いで見事に的中させた芸能人の話題がマスコミを荷ぎ合わせた。

当時の競馬ファンは200円券で楽しむのが一般的であり、1000円券には中々手が出し難くて特券と呼ばれており、その特券で万馬券を当てるのが夢の夢であったが、それをドリームレースと呼ばれた有馬記念で成し遂げたのであるから、これはもうトリプルドリームである。
流石に自称ヤクザだけの事はあると関心しきりの修次郎の心の中で、彼はレジェンドとして祭り上げられていた。
この時に、行きつけの居酒屋でご馳走になったのであるが、まさか一年後に同じ場所で、仕事を選ぶか彼女を選ぶかの究極の選択を迫られる事になるとは・・・。


「事実関係がどうであれ、噂がここまで広まってしまっては人事課員としての君の立場は拙い事になっている」
この夜の荒川の表情は一年前とは打って変わった厳しいものであったが、それが事の重大さを物語っていることを修次郎は十分感じ取っていた。

その後、
「たかが人事、されど人事である」
と、その大切さについて彼の持論を滾々と説かれることとなったのである。
「人事は常に公明正大で無ければならない。当該の個人の問題だけではなく廻りへの影響もある。もしも私情や私利私欲が絡んだり、権力の乱用があると組織は乱れ、やがて崩壊してしまうだろう」
これは、以降の修次郎の人生において何度も見聞きすることとなり、又、20年後にコマザワボウを去る時には身につまされる言葉となった。

「即答は出来ないだろうから、正月休みの間にじっくり考えてくれ」
そう呟いた顔に浮かべた苦渋の表情に彼の人間性を見て取った修次郎であるが、
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
としか答えようが無かった。
その後は、
「ところで今年の有馬記念はどうかな」
競馬の話題に振られても、修次郎は素直にその世界には入って行けなかった。


この期に及んでは、もはや裕子にも伝えなければならないと修次郎は決断を下した。
彼女も事の重大性に気づき、今までの経過を全て両親に打ち明けると、そんな事とはつゆ知らず、今まで歓迎ムードであった彼女の両親の態度も一変したのである。
このまま結婚しても幸せにはなれないし、修次郎の将来にも傷がつくと彼女の説得に回ったのである。

年の瀬も押し迫ったある夜のデート後、いつも通りに電車で裕子の家近くまで送っていったのであるが、夜更けの商店街を通り抜けて踏切の手前迄来ると、涙で溢れた目で修次郎を見詰めながら、
「ごめんね」
切なく一言呟くこと、俄かに警報機が鳴り降り出した遮断機を潜り抜けるようにして、走り去っていった。
左右からの二本の電車が交差しながら通り過ぎ、やがて開けた修次郎の視界の先に彼女の姿は見つけ出せなかった。

急激な流れの変化に翻弄され、未だ心の整理がつかないままに新しい年を迎えると、いきなりの大問題が人事課を襲ったのである。
この一件が修次郎の未練心に終止符を打たせる決め手となるのでもあるが・・・。

子会社のMレディーから本社の糸販売部の中堅社員を名指しする人事移動要請が為されたのである。
当時のMレディーは急成長中で、コマザワボウを上回る売り上げを上げ、親会社を上回る孝行会社としてタブロイト版夕刊紙のトップを飾る等、当に飛ぶ鳥堕とす勢いであった

が、糸販売部は納得出来ず、トップの部長衣田志朗の猛反対にあったのである。
しかし、Mレディーは徳之助が会長に収まり社長は本体の副社長を兼任する、前社長善次郎の長男駒沢剛であった。

人事課としては、両者の間で板挟みとなる難局を迎え、荒川にとっても修次郎のスキャンダル騒動処ではなかったであろう。
この時、衣田との間でメッセンジャーボーイを務めたのが修次郎であった。
常に不機嫌な衣田から、何かと理不尽な扱いを受けたのであるが、
「心配するな、君は悪くない、衣田さんも怒りをぶつけるところがないんだろう」
と声を掛けてくれ、時には敢えて抗議して迄、彼を守ってくれた。
「自由にやってくれ、責任は俺がとる」
が口癖であったが、兎角、責任を口にする人間程実は責任を取らないと言われるものだが、彼は当に有言実行であった。

個人的には荒川もこの人事案に反対であったことは容易に想像できたのであるが、今回はパワーバランスがそれを許さなかったのであろう、そのまま強行されたのである。
そこで荒川は、補充要員として修次郎を差し出すことで、衣田の怒りを収めようとしたのである。
衣田もそれなりの人物であるから、総合的な状況判断と荒川の心中も察したのであろう、この案ですんなりと話しは纏まったのである。
ある朝、別室に修次郎を呼び入れて話し終えると、ゆっくりと立ち上がり彼の肩にそっと手を置き、
「中村君、そういうことだ」
一言を残して静かに去っていく自称ヤクザな人事課長の背中には哀愁が漂っていた。


こうして、究極の二者択一という重圧からは解放されたものの、突然現れた重い人生の扉の前に立たされることとなった修次郎は、
「君にとっても悪い話ではない」
荒川の一言だけを頼りに、全てを拭い去り新たな決意をもって、ドアノブを力強く握り締めるのであった。


第六章:


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